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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(あ)1200号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

(弁護人の上告趣意について)

弁護人西田公一、同小長井良浩、同中島通子、同秋本英男の上告趣意第一点は、原審の認定にそわない事実関係を前提とする違憲(三一条)の主張であり、同第二点は、違憲(二一条、三一条)をいう点をも含め、実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第三点のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件とは事案を異にして適切でなく、その余は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(検察官の上告趣意について)

一  検察官の上告趣意第一点は、原判決が法律判断を示していない事項に関する判例違反の主張及び事実誤認の主張であり、同第二点のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例はすべて本件とは事案を異にして不適切であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、検察官の所論に鑑み職権によって調査すると、原判決は刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れないものと認められる。

二  本件公訴事実につき第一審判決がその挙示する証拠により有罪と認定した事実関係の要旨は、

被告人らは、昭和四三年一月一五日約二〇〇名の学生とともに、「角材の柄付きプラカード」を携行し、東京都千代田区富士見二丁目一七番一号法政大学正門を出発し、東京都公安委員会の許可を受けないで、同所から飯田橋駅方面へ向かい、「エンプラ粉砕」などと叫びながら集団示威運動を行った際、

(一)  同日午前八時二七分ころから同二八分ころまでの間、同二丁目一〇番二六号前田建設工業株式会社正門前付近から同三六号元逓信博物館跡空地にいたる約一二〇メートルの道路上において、前記約二〇〇名の学生と共同して、無許可の集団示威運動を制止する任務に従事する警察官に対し、所携の「角材の柄付きプラカード」をもって殴打・刺突することの意思を相通じ、もって他人の身体に対し共同して害を加える目的で右「角材の柄付きプラカード」を兇器として準備して集合し、

(二)  前記約二〇〇名の学生と共謀のうえ、同日午前八時二八分ころ前記道路上において、前記学生らの無許可の集団示威運動を制止する任務に従事していた警視庁麹町警察署長警視正青木葉贇(以下「青木葉署長」という。)、同庁第五機動隊長警視石川三郎(以下「石川隊長」という。)各指揮下の多数の警察官に対し、所携の「角材の柄付きプラカード」又は角材(プラカードのベニヤ板がはずれたも)で殴打・刺突するなどの暴行を加え、もって警察官らの職務の執行を妨害したというものである。

三  これに対し被告人らから控訴の申立があり、原判決は、被告人らを含む学生集団の学生らにつき共同加害の目的及び公務執行妨害の共謀を認定した第一審判決は事実を誤認したものであり、また、本件警察官らの職務執行行為を適法とした第一審判決は事実を誤認しその法律的評価を誤ったものであるとして、第一審判決を破棄し、前記二の(一)の事実については被告人全員に対し無罪、同(二)の事実については、被告人木下、同草野において警察官に暴行した事実も認められないとして両被告人に対しては無罪、その余の被告人に対しては各暴行罪の限度において刑責を認めたものであるが、原判決が法律判断の基礎とした事実は、大略次のとおりである。

(一)  被告人らが支持同調するいわゆる三派系全学連中核派(以下「中核派」という。)は、アメリカ合衆国海軍原子力航空母艦エンタープライズ号の長崎県佐世保港への寄港阻止を目的として、昭和四三年一月一五日東京駅発午前一〇時三〇分の急行西海・雲仙号に乗車して佐世保に赴くことをきめ、前日の一月一四日夕刻から法政大学構内においてエンタープライズ号寄港阻止のための集会及び集団示威運動を行うなどしたのち、引き続き、同大学構内において集会を開き、指導者らが、集会に参加した学生らに対し、「あらゆる国家権力と弾圧をはねのけて全員佐世保に集まろう。エンタープライズ寄港阻止のために最後まで闘い抜こう。いかなる警察権力にも勝つ闘いをやろう。」などと訴える演説を行うなどして気勢をあげ、その夜被告人らを含む約二〇〇名の学生が同大学内に宿泊した。

(二)  これよりさき、中核派は、同日昼ころ、太さ約三・五センチメートル×約四・五センチメートル、長さ約一二〇センチメートルの角材の柄に、厚さ〇・二七センチメートル、縦三五センチメートル、横四五センチメートルのベニヤ板を釘でうちつけ、これに「エンタープライズ実力阻止」等と書いた紙面を貼りつけた「角材の柄付きプラカード」二百数十本を用意した。

(三)  翌一五日早朝、飯田橋駅へ乗車券や急行券を買い求めに行った岩本某外一名から、飯田橋駅付近に警視庁機動隊の出動していることが学生集団の学生らに報告されたのち、午前八時六分ころ、学生八名が第一校舎から校庭に出て石を割りダンボール箱につめて用意した。

(四)  同日午前八時二三分ころ、被告人らを含む約二〇〇名の学生が、白ヘルメットをかぶり前記「角材の柄付きプラカード」を所持し、約五列の縦隊形で法政大学正門を出発し、トランジスターメガホンを持った学生の音頭により、「エンプラ粉砕」などと叫びながら、ゆっくりした小刻みの駆け足で道路(道幅約一二メートル)の進行方向右半分を占めて無許可の集団示威運動に移ったが、学生らが法政大学を出発するにあたって、「警察官の壁をぶち破って佐世保へ行こう」という内容の演説が行われた。

(五)  石の入っている前記ダンボール箱二個は、学生集団の出発した最初のころには、その最後尾においてそれぞれ二人がかりで運搬されていたが、機動隊に出会う以前に道路端に放棄されてしまった。

(六)  青木葉署長は、同日早朝から千代田区富士見二丁目九番四号麹町警察署飯田橋駅前派出所において指揮をとっていたが、学生集団出発の報に接し、香取、屋形の両巡査をしたがえ、駆け足で法政大学正門方向に向い、法政大学正門から東方約二八〇メートルの地点において、学生集団との距離が約三〇ないし四〇メートルに近付いたとき、屋形巡査をして携行のトランジスターメガホンで「無届けデモはやめよ。」と警告させたにもかかわらず、学生集団は、右警告を無視し、しかも駆け足から小走りに移り、その勢いに押された青木葉署長らは後退しながら二回にわたって同様の警告を発したが、学生集団はこれに従おうとせず、前田建設工業株式会社正門前付近において、道幅(約八メートル)いっぱいに拡がって進行してきた学生集団の先頭部分と青木葉署長らとが接触する状況となった。

(七)  青木葉署長らが、学生集団に対し無許可の集団示威運動をやめるようにとの警告を発した際、学生らの中から「何をいうんだ、じゃまだ、どけ。」などの罵声は発せられたが、同地点においては、青木葉署長らに対し実際に殴打・刺突するなどの行為にでるものはなかった。

(八)  他方、同区富士見二丁目一〇番三八号富士見町教会前の道路端に待機していた機動隊三個中隊合計一五八名の指揮をとっていた石川隊長は、前記の如く前田建設正門前付近を青木葉署長と接触しながら東進してくる学生集団を認め、同集団の先頭部分が同一〇番三二号前田建設富士見寮付近にさしかかったとき、右部隊をして三列横隊の阻止線を形成させたところ、学生集団の先頭部分が、阻止線の数メートル手前で立ち止まり、右の阻止線を形成した警察官に向って「道をあけろ」「駅に行かせろ」などと叫びながら前に進み出て通行させるように要求するとともに、後尾の学生らが前の方に詰めてきたため、学生集団は混乱におちいり、前面に出た一部の学生らは、銘銘所持する「角材の柄付きプラカード」を振り上げて警察官めがけて殴りかかり、あるいは突きかかるなどした。

(九)  被告人らはいずれも学生集団の先頭部分に位置しており、被告人大場、同和島、同増見、同向山が所携の角材(看板の欠落したプラカードの柄)を振り上げて警察官らの身体をそれぞれ殴打したことが認められるが、被告人木下、同草野は「角材の柄付きプラカード」あるいは右同様の角材を持ち上げあるいは振り上げていたにすぎず、警察官に対し、殴打あるいは刺突するなどの暴行を加えたとまでは認められない。

四  以上のような事実を前提としながら、原判決が兇器準備集合罪の成立を否定したのは、

(一)  前示一月一四日夜の法政大学での集会、集団示威運動において、学生らが昂揚した気分になっていたことは認められるが、集会等で学生らが口にする言葉は必要以上に激しいものがあり、その威勢のいい言葉が必ずしもそのまま現実となることを意味するものではないから、指導者の「いかなる警察権力に対しても闘い抜こう」との意見表明に対し学生らが賛意を表したからといって、そのことは、抽象的観念的にせよ、学生らの共同加害意思を推認させる事実とみることはできない。

(二)  学生らの所持した「角材の柄付きプラカード」が、柄の部分の角材を闘争などの際に使用する意図のもとに、全体としてはプラカード様に偽装されたものという疑いがないわけではないが、このことは、学生らがこのプラカードを佐世保まで携行して佐世保で使うつもりであったことが関係証拠によって明白である以上、佐世保に到着する以前においても、もし警察側の実力行使があれば、警察側に対し有形力を行使してこれを排除する意図を有していたと当然推認させるものとはなし得ない。

(三)  学生らによって用意された石塊が、飯田橋駅付近に出動し待機している警察官に対し投石するために、集団としてその全体の意思に基づいて用意されたものであったとすれば、右の警察官に出会う以前に放棄されるはずがなく、またダンボール箱に詰めて運搬するよりは集団員各自に分散携行させるのが自然であり、右の事実もまた飯田橋駅付近に待機している警察官に対する学生集団の共同加害目的の存在を推認させるものとしては不十分である。

(四)  学生らの間で、飯田橋駅付近に出動している警察官の警備に対処するための特段の意思統一はなかった。

として、学生集団の一部の者が阻止線を形成する警察官に対して加えた暴行は、ひそかに待機していた警察官によって突如阻止線が設けられ、学生集団の進路が完全に遮断されたことから生じた各自の偶発的行為というべきであって、学生集団の間に共同加害目的を認定することができないというのである。

しかしながら、兇器準備集合罪が成立するためには、二人以上の者が他人の生命、身体又は財産に対し共同して加害行為を実行しようとする目的をもって兇器を準備し集合したことをもって足り、集合者の全員又はその大多数の者の集団意思としての共同加害目的を必要とするものではないと解されるところ、原判決も、法政大学での集会あるは集団示威運動において、これに参加した約二〇〇名の学生が、指導者の「……いかなる警察権力に対しても闘い抜こう」との呼びかけに応じ昂揚した気分にあったこと、本件「角材の柄付きプラカード」は柄の部分の角材を闘争などの際に使用する意図のもとに、全体としてはプラカード様に偽装されたものと疑われるふしがあること、学生らが法政大学を出発するに先だって石塊等を準備したことはいずれもこれを肯定しているところであるから、これらの情況は学生集団の潜在的加害意思を認めるに十分であるうえに、現実に、学生集団の先頭部分に位置していた一部の学生が、所携の「角材の柄付きプラカード」あるいは角材を振り上げて阻止線を形成している警察官をめがけて殴りかかっている事実を考え合わせると、学生集団の構成員の間に、警察官に対する暴行につき、明示の統一した意思連絡がなかったとしても、その先頭部分にいた学生らが警察官に対し「角材の柄付きプラカード」等を振り上げて加害行為に出た時点以後においては、これらの行動を相互に目撃し得る場所に近接して位置していた学生らのうち、少くとも、直接警察官に対し暴行に及んだ者あるいは「角材の柄付きプラカード」等を振り上げて暴行に及ぼうとした学生らは、特段の事情がない限り、漸次波及的に警察官に対する共同加害意思を有するに至ったものと認定するのが相当である。ところで、被告人らは、いずれも学生集団の先頭部分に位置し、直接警察官に対し暴行に及び、あるいは「角材の柄付きプラカード」又は角材を振り上げていたことは原判決も認定するところであるから、右に判示したところに照らし、被告人らは阻止線を形成していた警察官に対し共同加害意思を有するに至ったと認められる疑いが極めて濃厚であるにもかかわらず、これを否定すべき特段の事情についてなんら説明しないまま、被告人らを含む先頭部分の学生集団の学生らの行為は銘銘の個人的な意思発動による偶発的行為にすぎず、これら学生らの間に共同加害目的の存在を認めることはできないとして、被告人らに対し兇器準備集合罪が成立しないとした原判決は、経験則に違反して事実を誤認した疑いがあるものというべく、これが判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。

五  次に、原判決は、被告人らに対する公務執行妨害罪の刑責を否定するにあたって、学生集団の学生らが警察官に対する加害意思を相通じたものとは認められず、ほかに学生集団に公務執行妨害に関する共謀事実を認めるに足る十分な証拠はないとして、被告人らの共謀関係を否定し、さらに、無許可の集団示威運動であってもそれに対し昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下「本条例」という。)四条による阻止、解散の是正措置をとり得るのは、集団の行進を阻止しこれを解散させなければならないほど公共の秩序を維持するために猶予することができない明らかでさし迫った事態に立ち至った場合でなければならないのに、本件の場合、右のような事態に立ち至っていたわけではないとして、警察官の学生集団に対する阻止行為は適法な公務の執行とはいえないというのである。

しかしながら、無許可の集団示威運動は、それが届出さえすれば許可される性質のものであったとしても、それ故に許可を受けたと同一の効果をもつものでないことはいうまでもないところであって、単に許可申請手続をしなかったという点で形式上違法であるばかりでなく、それ自体実質的違法性を有するものであることは当裁判所の累次の判例によって明らかにされているところであり(最高裁昭和四〇年(あ)第一〇五〇号同四一年三月三日第一小法廷判決・刑集二〇巻三号五七頁、同昭和四六年(あ)第七二九号同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・刑集二九巻九号七七七頁)、しかも、本条例四条が「……その違反行為を是正するにつき必要な限度において所要の措置をとることができる。」と規定しているのは、同条による是正措置が、違反行為の態様、公共の秩序に対する侵害の程度等に応じて必要な限度を超えてはならない趣旨であると解すべきではあるが、無許可の集団示威運動に対しても有効適切な是正措置を講じ得るとしたものであることはもちろんである。そうだとすれば、学生集団の行進を直ちに実力で阻止し解散させなければならないほど明白かつ切迫した事態にない限り、これを阻止することも許されないとする原判決の判断は、同条につき誤った限定解釈をしたものというほかはない。

今これを本件についてみると、学生集団は、青木葉署長が発した無許可の集団示威運動をやめるようにとの警告にもかかわらず、道幅いっぱいに拡がって進行を続けたこと、学生集団はそれが先頭部分の一部学生であるにせよ、阻止線を形成していた警察官に対し、「角材の柄付きプラカード」又は角材をもって一方的に暴行を加えてきたこと、阻止線を形成していた警察官は、一方的に後退を余儀なくされるばかりでこの間積極的行動に出る者はなかったこと、その後石川隊長の「警棒抜け」「抵抗する者は全員公務執行妨害罪で検挙せよ」との命令によってはじめて被告人らの逮捕行為に出たものであること等の一審判決認定の事実は、原判決もこれを否定しないところである。以上のような事実関係に照らせば、本件における警察官の阻止線形成行為は、警告に従わない学生集団に対してとられた本条例四条にいう制止行為にほかならないと解されるのに、原判決が、警察官のとった右の制止行為につき、無許可の集団示威運動であっても、それに対し本条例四条による阻止、解散の措置をとり得るのは、集団の行進を阻止し解散させなければならないほどの公共の秩序を維持するために猶予することができない明らかでさし迫った事態に立ち至っていた場合でなければならないのに、本件の場合には右のような事態に立ち至っていたわけではないとして、これを違法としたことは、本条例四条につき誤った限定解釈をし、警察官の阻止線形成行為につきその評価を誤った疑いが濃いといわなければならない。のみならず、被告人らが阻止線を形成していた警察官に対し共同加害意思を形成した疑いが極めて濃いことはさきに判示したとおりであるから、原判決が被告人らの公務執行妨害に関する共謀を否定した点にも重大な事実誤認の疑いがあるといわなければならない。

結局、原判決は、被告人らに対し公務執行妨害罪が成立しないとした点においても、法令の解釈を誤り、事実を誤認した疑いがあるものというべく、これが判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであることは明らかである。

(結論)

よって刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊 裁判官 本林 讓 裁判官 栗本一夫)

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